Air

頭が混乱している今の私の正直な状態。

 

ショップからケイシーさんの写真が全撤去され、プロフィールと写真と動画が滝チャンネルの有料会員ページから削除された3月1日。

月初めの撤去なので円満退社なのかもしれない、何か問題があって突然の撤去ではなかったのならよかったのかもしれない、そもそも、クリエ公演に名前がなかった段階で少し予想していた部分もあった、それを言うなら、舞台にときたま姿を見せない段階で、きっと優先するポイントが、何かに専念するために切り捨てるものが、違うんだと思っていた。でもそれはジュニアであるケイシーさんには仕方のないことだし、責めるべきことではないと思っていました。

やりたいことをテレビではっきり口にした少年倶楽部。もしかしたらあれは最後の賭けだったのかもしれない。歌舞伎はオーディションがあるでしょう。でも過去の実績的にそこにケイシーさんが呼んでもらえる可能性はとても少ない。だからああやってテレビで出たい!と口にして主張したのは、もしかしたらチャンスを掴みたかったからなんじゃないかって今は振り返っている。結果としてそれはかなわなかったけど、シンガポール公演が決まったとき、もしかしたらそっちにだけは出ることもあるかもしれないと思って、シンガポール行きの直行便ってどれくらいあるのかとか、ホテルにどれくらいで泊まれるのかとか、私は調べてしまった。でもそれは実に先走りすぎた情報となりました。

 

色々考えて、自分なりに納得しようとして、でもできないでいる一番の理由が、もう一度、のえアンがシンメで踊っているところが見たかった、ただそれだけに尽きるんです。どうしてかなわないんだろう、どうして一緒に仕事出来ないんだろう、そんな気持ちを、いつもだってお互いが活動する現場があまりにもかぶらないから、って納得してきた。納得するしかなかった。だってみんな、それぞれの場所で輝いて、頑張って、笑顔でいてくれたから。

でも今、私は憎いと感じている。あの夏のPZが。ユニット名がついたことが。

全否定です。私は、自担と呼んでいる人の総てを含めて、今までを総て否定して、憎む気持ちしか持てなくなっています。こんな気持ちは嫌なのに、そうじゃないと分かっているのに、憎たらしいと思ってしまった自分をもう忘れることはできません。

過去に戻ることはできない。あのときの決定が覆ることもない。いなくなっていく人を引きとめられない。それは全部自分の意思の及ばないところで、みんなが決めて、作っていく未来の道。

ああなってほしいこうなってほしいってあまり思わないようにしていた。かかわらず、ただその姿を、舞台やコンサートで見るのがいいんだと思ってきた。

でもそんなのきっと思い込みで、私は沢山の夢や希望を持ってしまっていた。かなわないのが当然の夢を、かなわなかったからって怒るのは間違っていると分かっていても、まだ思う。憎い。憎い。にくたらしい。

 

自分は何が好きで、何を見たくて、みんなのことを、応援していたのでしょう。

楽しかったはずなのに。今はそのときの感情さえ、分かりません。